それがどうしたということもないのだが、蒼白な顔色をしたの指先が紅花を摘んだように赤かった。
 実際のところそれが紅花などという美しいものではなく、彼を蹂躙しようとした男たちの返り血というおぞましく凄惨な爪紅であったのだけど、彼の小さく形のよい爪を彩る赤は何故だか政宗を惹きつけた。
 本人曰く撃退したとのことだから、きっと荒っぽいやりとりがあったのだろう。その過程で爪に飛んだ赤色が気になったのは、背後に隠された残り火を政宗の中の荒竜が嗅ぎつけたからかもしれない。
 湯を使ったというのに冷え冷えとした手を取ってみる。手首に鬱血した手形があった。

 「手は洗わなかったのか?」
 「取れないんだ」

 爪の中にこびりついちゃってると、は大して気にした風もなく言った。
 無頓着な表情に違和感が強まる。彼はどうしてこんなに平静なのだろう。襲われ、犯されかけたというのに。
 政宗のごつごつとした手の中で、先端を赤く染めた指は行儀よく怪訝な視線を受け止めている。細い指だ。だからといって幼子のか細さも女の美しさも持たず、大分貧相だがそれはしっかりと男の骨格を持っていた。小さな傷が無数にある。刃物の扱いに慣れた指だ。

 「切ってやろうか?」
 「いいよ、自分でやる」

 はでもThank youと笑って、すっと手をひっこめた。触れていた箇所に冷涼な感覚を残して。
 頭の隅にぼんやりとした寂漠が滲んでいた。ちょっと残念だったかもしれない。
 海馬が短期記憶を繰り返していた。赤い爪先。はひょっとしたら何か勘付いて遠慮したのかもしれない。政宗が切ってやろうかと申し出た時、彼の頭にあったのは爪ではなく指であったから。
 漠然とした衝動が口をついて零れ落ちたようなものだ。政宗にはその衝動に付ける名前がわからなかったし、どうでもいいもののように思えた。
 凶暴さを潜ませた感情は、海にたゆたう月影のように儚いものだったから。

 「そうか」拒否をあっさり受け止めて、政宗はに部屋で休めと命じた。
 僅かな警戒を含んだ一瞥を残しては大人しく去っていく。その足取りが幽鬼のようだ。
 政宗は自分の爪を見てみた。健康な桃色の肉と白い爪先。の指先を思い起こして、(ああそうだ、)

 (俺は、綺麗な赤色だと、そう思ったんだ)





 爪紅

 政宗には得体のしれない暴力衝動があると思う

 長編「 1 / 2 のクラウン!」32話前半後を想定して書いていますが、
 本編とは一切関係ありません!
 080326 J