『Good evening everyone! といっても時間的には深夜なんですけどねー。夕方なんて起床時間ですよ、あはは!
 さあともあれ今日もやってきました深夜一時のHEART STATION! 今夜もお手紙たくさん来てます。ありがとうございまーす!
 今夜もわたくしことDJ―――』
 「やかましい、切れ」
 「そりゃねえだろ元就!」

 軽快な音楽と共に、ハイテンション気味なハスキーボイスが深夜の電波に乗って流れる。
 どこかで聞いたことのあるフレーズを多用するDJの生活リズムはそこはかとなく不安を誘うが、現代社会にたくましく生きるボナパルト達よりはましなものかもしれない。3時間睡眠よりは安眠快眠たっぷり睡眠の方が健康的に決まっている。
 引きこもり大学生のようなことを考えつつ、政宗は冬季限定スペシャルビールをぐいっとやった。

 酒肴の散乱したローテーブルを隔てた向こうでは元就と元親のモトモトコンビによる切れ切らない論争が指足眼潰し乱れ飛びにまで発展している。
 オフェンスは勿論モトモトコンビの斜め上に発音するモトの方・元就だ。あれその発音方法は元親だっけ。とすればオフェンスが元親でディフェンス元就? ああもうかぶりやがってややこしい、いっそオクラと乳首に改名してしまえばいいのに。政宗は大分と酒が回っているようである。

 「Hey乳首、なんだってそんな必死にラジオするんだよ」
 「乳首じゃねぇぇ! 酔っ払いやがってますます日本語おかしくなってんぞ!」
 「Ah? ますますたァどういうことだ説明してもらおうじゃねぇか!」
 「絡み酒かお前知ってたけどよ!」
 「隙あり!」

 こちらも随分と酔っているらしくオクラからトウガラシに品種改良された元就が嬉々としてボタンを押す。
 あ、と元親が慌てたが時すでに遅し。ラジオはチューナーをずらされてざあざあとノイズを吐きだすばかりだ。

 「あぁぁ元就てめぇぇ!」
 「フン、騒々しい女に興味はないわ」
 「いいじゃねぇか好きなんだからよぉ」
 「Ha! PN持ちかよ」
 「おう、いっぺん読んでもらったぞ。やっぱシールとかでデコったのがきいたみてぇだ」
 「…………」
 「…………」

 二人分の心がスピーカーの向こうのDJよりも遠くなったことに気付かない元親は、ぶつぶつとチューナーをいじってチューニングを合わせた。再びスピーカーから元気な電波が部屋の酒臭い空気を揺らす。どうやら既に恋愛相談コーナーに移っているようだ。

 『―――きだけど、傍にいられるだけで満足なんです。恋人同士みたいなことをするよりは、まだ友達同士のような関係でいたくて。
 すごく大事で、宝物みたいな人だからこそ、今までの相手みたいになったらどうしようと不安でキスから先に進めません。
 これってわがままかなあ」―――coralliteさん』
 「コーラライト?」
 「corallite,だ。サンゴ石っつー意味だな」
 「貴様の耳に収まっている似合わんピアスもそれではなかったか?」
 「Shut up」

 『あああー私にも覚えがありますよその感じぃ! 手を繋ぐのもままなりませんよね。純情だったわー……』
 「そういえば伊達、貴様たちどこまで進んだ」
 「ゴッフゥ! げ、がっふ」
 「お、おい大丈夫か? 元就、てめェいきなり何聞いてんだ」
 「フン、わざわざ聞いてやっておるのだ。気色悪い躊躇など見たくもないからな」
 (酔ってんな…目が据わってるぜ元就……)

 『coralliteさんは彼の事をすごく大事に思ってるんですね。その気持ちが何より大切ですよー』
 「その、キ、kissはしたぜ…?」
 「……貴様小学生か?」
 「せめて中学生って言ってやれ! それと手に持ったアイスピックを離せ!」
 「やかましい、今時中学生でももっと乳繰り合っておるわ!」
 「お前は何がしたいんだ!」

 『大切に思えば思うほど不安っていうのは切ないけど、彼にはきっとちゃんと伝わってるから大丈夫。もちろんわがままなんかじゃないですよ。ていうかこんなかわいいわがままなら私は許す!』
 「ただのkissじゃねぇぞ!? ちゃんとmouth to mouthだ!」
 「舌でも入れたか若造!」
 「ぎゃああお前もう黙れ、伊達が真っ赤になってんじゃねぇか! ホラ餅あるぞ、きなこも砂糖醤油もあるぞ!」

 『でも、いつか一歩を踏み出そうと思ったら、勇気を持って彼の胸に飛び込んでみたら? Coralliteさんの彼なら受け止めてくれますよ。うーん乙女の夢ですね! それにしても私の言い回し、少女マンガかっつーの。あはは』
 「……なあ、まじめな話、その、俺愛されてんのか…?」
 「………元親、包丁と軍手を借りるぞ」
 「完全犯罪!?」
 「安心しろ、罪は貴様に着せる」
 「嫌な予告すんじゃねぇ!」
 「kissは、したけどよ……けど、告白…とか、してねぇしされてねぇし」
 「貴様はこれを見て鬱陶しいと思わんのか?」
 「そりゃ思うが…つか、お前が振った話題じゃねぇか」
 「ここまでの鬱陶しさは我の計算には無い。見ろ、膝を抱えているぞ。見苦しい」
 「夜遊びとかも止めねえし…回数は減ったが」
 「わざわざカウントしてんのかこいつ」
 「週6が月5になった」
 「劇的じゃねえか! なんで愛されてねぇとか思うんだよ」
 「元親、やめておけ。絡まれるぞ」
 「けど止めねぇんだよ。空いたかと思ったらバイト入れるし、俺んちにいりびたるくせにそういう空気は避けるし」
 「あーまあだからなぁ」
 (我は知らん)
 「でもキスはしてんだろ?」
 「………ぇ」
 「あ?」
 「一回したっきりしてねぇんだよ! しかもそれもaccidentみたいなkissで!」
 「……あー…そりゃ……」
 「頭とか触ると嬉しそうにするし普通に寄ってくるんだよ! けど、そういう空気で触れたことは皆無だぜ、NEVERだNEVER!!」
 「………」
 「なあ、これでも俺本当に愛されてんのか…?」

 「楊貴妃の張り手」と銘打たれた酒瓶を抱え、マリアナ海溝よりも深い鬱に突入した政宗は精神的にも視界的にも害悪だ。普段がアレなだけに余計である。
 いい加減鬱陶しくなってきたものの、面倒見のいい元親は酒瓶と会話し始めた政宗を放っておけず、フォロー材料を探して思わず首を巡らせた。
 そこにあったのは切り餅を梅干しと海苔で男らしくかっ食らう元就の雄姿と、

 『それでは皆さんまた来週午前一時にお会いしましょう! Good night & have a nice dream〜♪』

 しっとりとしたバラードの余韻に愕然とする元親に、餅を咀嚼した元就が一言、

 「自業自得だ」









 『Good evening everyone! 皆さんお元気でしたか? そろそろ冬も本番で、ぬくもりが恋しくなってきますねぇ。
 私は毎日癒されてます。猫に。あっははは……あ〜、寂しい。さてそれじゃあ今日も皆さんにぬくもりを分けていただきましょうか!
 深夜一時のHEART STATION、本日は―――』
 「なんだ慶次、アンタもこの番組聞いてんのか?」
 「あれっ、政宗も聞いてるの?」
 「Not me. 元親の野郎だ」
 「鬼の旦那は投稿もしてるらしいねぇ」
 「……お前それどこで知った?」

 ちょいとごめんと言い置いて、佐助のコンポをいじり出したのは後期の単位が危ない慶次である。
 前期の成績に懲りもせず青春18切符旅行を繰り返したため、本日はたまりにたまった課題持参で勉強会だ。報酬は食い散らかしたピザ寿司その他アルコール。
 お菓子ゾーンは幸村に喰い尽されており、満足した彼はしっかり歯磨きしてから隣の部屋で夢の世界に旅立った。かれこれ3時間前のことである。
 すぴょすぴょ笑顔の安眠幸村とは対照に、慶次は涙が止まらない。政宗と佐助の飲食代だけでも痛いのに、どうして幸村のおやつ代まで自分が出さねばならぬのか。世の中は不公平にできている。

 流れだしたDJに反応を示した政宗に慶次が食いついた。いいかげん勉強に飽きているらしい。この分では今度のテストも悲惨だろう。
 幸村が寝てるからとボリュームを小さめにした佐助も話の輪に加わった。

 「このDJさぁ、トークも下手だし選曲もマイナーなんだけど、なんか聞いちゃうんだよなァ」
 「出やがったな女好き」
 「へェ〜、ちなみに声から連想する容姿はどんなの?」
 「ちょちょちょ、オレのことなんだと思ってんのさお前ら!?」

 たく、と慶次はぶつくさスルメを噛んだ。政宗は本棚から料理雑誌を引っ張り出すと、適当にページを開いていく。無意識に野菜料理の項をめくる彼を佐助が胡乱な眼で見ている。
 ラジオはDJの下手なトークと映画や音楽の紹介を通りすぎ、おなじみの恋愛相談コーナーが始まった。
 時計は1時17分を指していた。

 『さてそれでは今日もどんどんいきまっしょー。まず一通目のお便り、どゥもーあっりっがとー!
 このハガキすごいよー、シールとかキラキラペンとかでもうすっごくかわいいの! リスナーの皆さんにも見せたいねー。字もかわいい!
 えー、「どうもこんばんはDJさん!」 こんばんはぁ! 「この間友達の家で初めて聞きました」 おっ、ありがたいですねー。お友達にもありがとうって伝えてください♪
 「今日お手紙を書いたのは、どうしても聞いてほしい悩みがあるからなんです」 ぃよっしドンとこーい!』
 「なんつーか、男前なDJだね」
 「あっは、そうだな〜。それにしても、この手紙の子可愛い書き方だね。中学生くらいかな?」
 「そのくらいじゃない?」
 「Ha, 随分夜更かしのガキだな」
 「政宗もそんくらいやってただろ?」
 「無理だよ、右目の旦那がいたから」
 「だからなんで知ってんだよテメェが知ってんだよ猿!」

 『「今付き合っている人がいるのですが、本当に愛されているかわかりません。
 彼は警戒心が強いのに傍に来てくれるし、手を握っても嫌がったりしません。真っ赤になるけど。キスもしました!」』
 「どっかの誰かを思い出すね。最近会ってないけどの旦那元気?」
 「オレ昨日会ったよ、年末年始はバイト漬けだったらしいね。それにしてもこの彼氏っぽいなぁ」
 「竜の旦那、浮気されてんじゃない? ―――あれ、どしたの?」
 「Don’t worry, さっき食ったピザの消化が悪ぃんだよ」

 『「彼は時々他の人と遊んでるみたいだけど、それは本気ではないようです。笑ってるけど警戒具合が凄いし。
 でも、ひょっとしたら私も遊びなんじゃないかって……」』
 「やめとけやめとけそんな男! ロクな奴じゃないよ、もっといい人が現れるって!」
 「竜の旦那、胃薬いる?」
 「Don’t worry」
 「そういうセリフは鏡見てから言いな。まあ、竜の旦那が倒れようが俺様の知ったことじゃないけど」
 「猿はガキで手一杯か」
 「政宗はに介抱してもらえばいいじゃん」

 『「でも告白とかされてないんです。こっちもしてないけど。だから、付き合っているというのは多分ということで…。
 彼は今以上の関係を望んでないみたいなので、正直とても辛いです。DJさん、どう思いますか?」
 ―――ペンネームは、えーっと、あれ? ひょっとして本名…なわけないよね…』
 「ちょっ、ちょちょ政宗何するんだよ!」
 「竜の旦那やめて! それ俺様のコンポ!」
 「Shut up, テメェ猿どけ!」
 「やめろチューニング…ッ」
 「あっ、そっちは…」

 ゾンビのごとく飛び起きた政宗が猛然と襲いかかるのを慶次が阻止し、阻まれた手はそれでも意地でツマミをひねる。
 夜空をつんざけとばかりに跳ねあがった音量が、無情にもそれを読み上げた。

 『伊達政宗さんからのお便りでした』

 バックミュージックも倒れたビール缶から零れる水音も、その瞬間全てが停止したかと思われた。
 慶次は政宗と押し合いへしあい腹を蹴った体勢で、佐助は政宗を後ろから羽交い絞めにした格好で、その一言を聞いた。
 自分が言い放った言葉が過去から這いずり出してくる。どっかの誰かを思い出すね。

 「え…?」
 「伊達政宗って…え…!?」

 二人分の視線に挟まれて、政宗は不気味な静寂を保っている。
 まさか。まさか。
 あんなにかわいいお便りだ。DJが感激するくらい凝ったお便りだ。
 そりゃあ政宗は凝り性だけども、上から人を見下ろすのが憎らしいほど似合う男で、男共の憎悪を鮮やかに足蹴にし鼻で嘲笑うような男で、そのくせには振り回されっぱなしで本人的には不本意ながら元親と共にキング・オブ・ヘタレを争うような男で、断じてあんなお便りを書くような男では

 「あ、そっかペンネーム!」
 「そそそうだよな、そうだったよな、伊達政宗なんてよくあるペンネームだよな!」
 「いやーそれにしても最近の女の子はごついペンネームつけるねぇあははは」
 『あっ、ごめんなさいペンネームあった! ペンネーム恋するニンジンさん!

 この耳が聞こえなければ良かったのに。
 誤魔化しようもない沈黙が部屋の空気を凍てつかせた。佐助は慶次にチューニングさせたことを心の底から呪う。
 一触即発の、触れれば風化しそうな危険人物となった政宗が、無言を保ったまま慶次と佐助の拘束を振りほどいて立ち上がった。
 恐々二人が見守る中で政宗はコンポのコンセントを引っこ抜く。最早耳を素通りしていたラジオは活力の供給を止められて完全に沈黙した。
 政宗はちらりと窓の外を見遣る。まだまだ眠らない文明の光と数多のボナパルトの街。隣室から幸村の幸せそうな寝言が聞こえた。

 「……It’s time you went to bed.」

 頷く以外に道は無かったと思う。





 Tune hearts to you !

 深夜放送ってあんまり聞いたことないですorz
 会話の多い文挑戦してみたけど大変だこりゃ。
 Heart station大好きだ!
 090112 J