秋が深まると、の楽しみが一つ増える。 弾むように一歩を空に投げ出して、は歓声でもあげたそうな形に口を開いた。その口から歓声が漏れることはなかったけれども、声にならないそれを政宗は確かに聞いた。 ケープだかポンチョだか政宗には見分けのつかない衣服の裾が、冷えた空気を孕んで大きく波打つ。それはが歩道の上で跳ねまわるたびにめくれ、彼の細い背中を見せつけていた。 寒さが苦手らしいはまだ秋だというのに散々着込む。そのくせ着膨れとは無縁なものだから、一体どこまで細身なのかと逆に心配になってくる。 それは政宗だけの感覚ではない、その証拠に小十郎やら小太郎やらがよく晩御飯を提供しているらしい。最近では御相伴を目当てにニートが入り浸っていると聞き、政宗はニート狩りを実行すべく一週間ほどの部屋を張ってみた。しかし敵はそんな政宗に気付いたのかまつに引きずられていったのか現れなかった。縦ロールにしてやろうとコテを持参していたのにとんだ無駄手間だ。あとには「政宗がストーカーになった」という風評だけが残った。誤解を解くのは大変である。 それはともかく、政宗はゴム毬のように跳ね回るに視線を戻した。 何が楽しいのか輝かんばかりの笑顔を地面に向け、まるで着地点が決められているかのように飛び跳ねている。 くしゃり。彼の足が地面に降りるたびに、軽い音があがった。 「楽しいか?」 「楽しい」 問いかけに答える間にもは飛び跳ね、くしゃり、くしゃりと音が続く。踏み潰された落ち葉はまるで足跡のように転々としていた。 試しに政宗も踏んでみる。既に踏まれた落ち葉は軽快な音を立てることはない。それが少しばかり癪に障った。 「……」 「あっ! 何すんだマサムネ、それ俺が踏むつもりだったのに!」 「Ha,なんのことだ? 俺ァただ歩いてただけだぜ?」 白々しく言い切り、再びくしゃりと落ち葉を踏んだ。が非難の叫びをあげる。 素知らぬ顔で政宗は踏み潰された落ち葉をしげしげ眺めてみる。かつては瑞々しく並木を彩っていたであろう、その一片。今はかさかさに乾き、綺麗とは言えない色に変色し果てたそれ。見れば見るほどネガティブなイメージしか湧かない。 「俺は好きだよ? 枯葉」 顔に出ていたのか思考を読まれたのか、くしゃりと新たな一枚を踏みながらがぽつりと呟いた。 視線を上げた先にあったのは猫のように楽しげな、どこか穏やかさを含んだ微笑。大げさな一歩を踏み出し、夏の亡骸に「とうっ」との掛け声と共に飛び乗った。 「だってさ、枯れてまでもわくわくさせてくれるんだ。凄いじゃない?」 「わくわくするかどうかは個人差だろ」 「個人差上等、楽しいもんを楽しんで何が悪い」 「松永が喜びそうだな」 「マツナガさんは放火はしても踏み潰して遊んだりはしないよー」 「……えらい誤解を招く言い方じゃねぇかソレ」 すれ違ったカップルがぎょっとしているのを横目で見て、まあ事実だが、と口の中だけで呟いてみる。 確かに乾燥した空気は松永の気に入りそうなところだ。放火するかどうかはさておいて。したらしたで完全犯罪だろうなあと引き攣った。 政宗は性懲りもなく落ち葉踏みを再開したをしばらく観察していたが、いつまでもが夢中になっているので段々苛立ちが募ってくる。折しも季節は秋であり、場所は並木の散歩道である。キャラメルコーヒーを溶かしたような空気には、そこかしこを歩きまわっているカップルどもの幸せオーラが染み込んでいるような気さえした。居心地が悪いにもほどがある。 こんな場所さっさと通り過ぎてしまいたいのだが、落ち葉にご執心なを引き摺って行くのは視線が痛い。ていうかなんで俺こいつと散歩なんかしてるんだ。 冬に向けて彼女でも作ろうかと考える。考えるだけで終わるよと佐助あたりが聞いたら突っ込むだろう。何故ならそう考える間にも政宗の目はを追っているのだ。これ以上の理由はあるまい。 ちらり。通りすぎるカップルをさりげなく観察してみる。その気にならずとも女に不自由したことはないのでぶっちゃけ大して羨ましくもないのだが、ちゃんと会話をしているのにはちょっとばかり心惹かれる。は相変わらず落ち葉踏みに興じている。そんなの楽しいかと思う。苛立ちゲージが上がってきているのは断じて放っておかれているからではない。 ちらり。前を歩いているカップルをさりげなく観察してみる。何だそれくらいと鼻で笑える自信はあるが、手を繋いで笑い合っているのにはちょっとばかり羨ましさを感じないこともない。別になんかと手を繋ぎたいわけではないが。そりゃ奴の手は小さくて柔らかくて女のそれのようだけども、やっぱりは男なわけで。手品やら大道芸やらの練習で、マメも傷もたくさんある。 「………」 そーっと手を伸ばしてみる。ステップを踏むの手は無造作に上げられている。少しばかり不整脈を起こしているかもしれない、しかしそんなことは気にも留めずというか気にもできず、次の落ち葉へ飛び移ろうとタメるの手を、手を、 「? マサムネ?」 「おうぁああ!?」 高速で手を引っ込める。コートの後ろに隠した右手は左手ががっちりホールドした。 一拍遅れて血液が顔に集中する。努めて平静を装うが、聡いには多分ばれているだろう。 微妙な沈黙が秋風に吹かれる。幸運なのはここがカップルだらけの歩道であることだ。多少の挙動不審は見咎められず、むしろ無言の応援が送られる。 「…………」 「…………」 「…………」 「………あの、さ」 「……………What」 「えーっと、歩こう、な?」 「………チッ」 舌打ちして誤魔化すが、政宗は大人しくの案を受け入れる。むしろそれ以外に選択肢はないだろう、挙動不審も赤面も生暖かくスル―してくれた優しさがかえって身に沁みる。 何ともいたたまれない一歩を踏み出すと、遊ぶ気も失せたのか、弾まずにが隣に並ぶ。 俯いた彼の表情は見えず、つむじを盗み見るしかない政宗は気分を害しただろうかと小さな不安を抱えた。直後にに気を遣う必要なんかないことに思い当たり空元気を出すのだが。 一方は、空元気で自己完結しようとあがく政宗をそろそろと盗み見していた。 俯いているため表情まではわからない。シャープな顎の線が限界視認範囲で、それ以上見上げる度胸は彼には無い。 間違いなく大きなコンパス差があるだろうに、彼の歩きやすい歩幅を維持してくれる政宗(しかも多分無自覚だ)。 ああくそ、と唇を噛んで爪先に視線を落とす。ブーツがくしゃりと落ち葉を踏んだ。雲を踏むような軽快な感触、しかしそれを踏んで遊んでいた時とは違う理由で体が熱くなる。 そう、と手を伸ばしてみた。 政宗に触れるか触れないか。揺れる左手はまるで宙に舞う落ち葉のようだ。 (やっぱ無理!) さっと手を引っ込め、何事も無かったかのように装った。政宗は気付いてもいない。彼は自分のことで手一杯のようである。 気付かれていないことに安堵する。しかし同時にちょっとばかり残念で、そう例えば勢いをつけて踏んだ落ち葉がもう軽い音も立てなくなっていた時のように残念で、 (……ッ、残念なんか、じゃ、ないっ!) 力を込めて落ち葉を踏んだ。 くしゃ、秋が笑う音がした。 オータムステップ |
途中で何書いてるのかわからなくなったw それにしても恥ずかしい奴ら… 081109 J |