元就は姿勢が良い。
 踵の高い靴を履けば、その姿勢の美しさは歴然であった。
 腰をずしんと落とすようにして歩く元親などとは違い、彼はまるで、日輪から伝う見えない糸でぴんと頭蓋骨を繋いでいるように、すらりと、それはもう若杉のように垂直に背筋を伸ばしている。
 もちろん元就とて武人である。細腕らしからぬ強力で輪刀を振り回し数多の首を宙に跳ね上げる以上、腰を据えるだの臍に力を込めるだのといった基本の基本は息をするより自然に身についているのだが、それにしても彼の闘争する姿は舞姫のような動作の美しさが目を引いた。滑らかな足運び、彼の走る様は美しい魚の軌跡を思わせた。荒々しい元親の戦いようと元就の戦いようとは極である。

 いま、元就は冷然とした美貌をまっすぐに上げ、あの均整美を存分に見せつけながら、元親の部下たちを屠り続けている。ほどなく激突するであろう瞬間を思うよりも、元親は彼の軌跡を追い続けた。元就の駆け抜けるあちこちで、彼の罠が身を潜め、牙を剥き、屈強な海賊たちが木端微塵に砕け散る。光と共に爆発するそれはまるで水紋を連想させた。ああ、綺麗な魚。元就は顔色一つ変えずに肉片を踏みつぶし、血だまりの中をかけ、それでも姿勢を崩すことはない。彼がなんらかの動作をするたびに、訓練された毛利兵の強弓が降り注いだ。青空を翳す矢影は魚の骨のように細く鋭い。元就は美しさの中に生きていた。元親の青い、海を閉じ込めたような目がきらきらと輝く。元親は小さい頃から、美しいものを愛している。

 「よう、毛利。久しぶりだな」
 「忌々しい海賊め。今日こそ素っ首跳ねて、因縁を断ち切ってくれる」

 血濡れた輪刀を突きつける元就を、元親は熱っぽく見詰めた。日輪の光を浴びて、元就の緑色の鎧がきらきらと光っている。彼の身を覆う鉄の小札はつまり鱗であると気付くと、元親はその思い付きを気に入った。元就は、魚だ。

 「なあ、提案があるんだが聞いちゃくれねぇか」
 「下郎の言葉など聞く耳持たぬ!」

 元親は、打ちつけられる輪刀を碇槍で捌くと身も凍えるような目に手を伸ばした。刀とは異なる軌道を描いた刃物が、恐ろしい勢いでその手を斬り落とさんと迫る。元親は慌てて腕をひっこめた。その間もひとつ目は元就から離れない。
 何合か打ちあって、元親はついに元就の身を引き寄せた。噛み合った獲物同士がギヂリと獰猛な唸り声を上げる。

 「アンタ本当に綺麗だなあ」

 長身の元親の懐で、見上げる立場という不利な体勢であったというのに、元就は手足の先に至るまで彫刻か何かのようだった。しなやかで、硬い芯が通っている。
 元親は邪気なく笑いかけると、その子供が大人に乗り移ったような不気味な笑顔のまま言った。

 「よし、やっぱり決めた。剥製じゃあなくて、染める方にしよう。きっと綺麗に染まる」
 「……何をわけのわからぬことを!」

 ギャン! と火花さえ散りそうな音と共に、魚は鬼の懐から脱した。元親は離れた魚を名残惜しく、しかしやはり熱烈に見つめる。人の形をした魚は、その視線に怖気立つのを感じた。まるで、体の奥の奥、内臓や骨まで鑑賞されているような。

 「筋肉を透明にする薬を買ったんだ。それを使えば、皮膚も脂肪も透き通って骨が見える。アンタの骨格はきっと綺麗だよ。骨もうっすら透明がかった紫色でさ」

 姿勢のいい元就は、きっと歪みも乱れもない。美しい標本ができるだろう。愛しくてたまらないに違いない。皮の造作が整った奴らはごまんといるが、元就のように動作すら整ったものはそうそういない。元親は透き通った紫色の曲線たちを想像してくすくすと笑った。
 骨の髄まで冒すようなおぞましさを覚え、元就は悦に入る元親を嫌悪した。その仕草すらも。





 瓶詰めの憧憬
 (硬骨は赤く、軟骨は青く染まる)


 透明標本は好きな題材なので、
 今度は良い意味のモチーフに使いたいです
 101010 J