※史実準拠(ただし政宗・幸村混入)関ヶ原でお送りします。
  史実では蒼紅は東北・関東で各自に戦っています。
  史実では開戦後、石田隊に突撃したのは黒田隊・細川隊です。
  CP臭は極薄。むしろ無い。



 旌旗、翩翻と風にひるがえる!
 共にたなびくは櫓の燃える戦火の黒煙、それか銃の硝煙か。いやいや屍肉を焦がすそれかも知れぬ。
 鼻は既にいかれて久しい。死を目の当たりに吐き戻せるような可愛げも、初陣と共に置いてきた。斬った肉も断った骨も数知れず、爪に膚に染みた血など洗えば落ちる。
 見渡せば戦況はろくでもない。そこらに手足の無いものが転がって、汚れた布を申し訳に巻いている。事切れた奴から穴に放れ。でなければ足の踏み場もない。死に切れぬ輩にわざわざ手を貸してやる力も無いとはなんとまあ、見事なまでに生き地獄。これを地獄と呼ばずに何と呼ぶ。
 幸村は、満ち満ちる戦の惨状に目を閉じて、一つ大きく深呼吸。返り血の飛んだ頬に悲愴も悲哀も見出せぬ。むしろ彼の心底は、故郷にあるように凪いでいる。
 ふっと口許の和みを武将の顔に取り繕って、幸村は、石田殿、と呼ばわった。腹から鳴る彼の声は良く通る。
 右の顔に血の滲んだ布を巻いた足軽が、気力の尽きた腕をやっと吊り上げて煤けた陣の奥を指さした。
 軽く礼を言って幸村は陣幕をめくる。右側を隠した男に出会ったことで、彼は政宗を思い出している。先程の戦闘では別の所にいたようだったが、すぐにこの戦場に現れるだろう。最早確信に近い勘である。
 近付く戦闘を夢に描きながら、不吉な影の似合う男に声をかければ、三成は布陣図から青白い凶眼をぎろりと上げた。
 「真田か。ここで何をしている。黒田と細川はどうした」
 「主力は追い返しました。今は双方、小休止といったところでござる」
 もうしばらくしたら次の波が参りましょう、と進言しながら、戦況の確認をする。各隊の損害を並べ、控えに回っている隊の出動を要請すべき時宜であるという点で意見が合った。
 では某はこれにてと、前線に戻ろうとした幸村の耳が、微かに人を呼ぶ声を拾う。戦場のどこかで、必死に、声を限りに叫んでいるのだろう。みつなり、と聞こえたそれを、当人は聞こえているだろうか。ちらりと振り返った幸村は、浮かべる感情を選ぶ直前の三成を見た。見られたことに気付いた三成は、結局表情を選ばぬままに美しい顔を己への苛立ちに染め、愛刀を手に陣を出る。
 その背中を見送って、なあんだと幸村は拍子抜けする思いがしていた。
 「石田殿」
 「なんだ」
 「何処に参られる?」
 「愚問だ。私の義務は、あの裏切り者を残滅する以外には無い」
 ふうんと幸村は鼻を鳴らし、「一度、徳川殿の話を聞いてみてはいかがか」と禁句をほざく。
 「何故奴の釈明を聞かねばならん!」
 「石田殿たちは、この後の世でも生きられそうでござるゆえ」
 意味を捉えきれない三成に、幸村はからりと大口を開けて笑いかけた。
 「某には無理なことでござる!」
 言い捨て、幸村は三成を置き去りにして前線へと帰還した。サア目を覆うばかりの惨憺たる屍山血河、喚声が渦を巻くのが見えるよう。
 膚を刺す殺気の濃さに幸村の口唇が知らず上がり、興奮が火花の散りそうな勢いで脳髄を駆け巡る。二槍を心楽しく握り締めた。ここが鬼の生まれて還る場所。
 幸村は、気負いも無しに地面を蹴って駆け出した。戦況を左右しそうな隊に片端から食らいついていく。まだ政宗は来ないのだろうか。
 幸村は乱世でしか生きてはいけぬ。平穏を求めた王の下で槍を振るっても、幸村という男は丁度漢書の韓信みたいなもので、いざその時代が来れば無用の長物、むしろそうなる前に燃え尽きてしまいたいと常々思う。その絶望的な性質を、困ったことに少しも憐れとは思わない。むしろ歓迎してすらいる幸村は、まさに紅蓮の鬼だった。
 コロコロ転がった誰かの眼球を、知らずにプチリと踏み潰す。幸村は、鮮烈な殺気の気配に槍を構える。一瞬の後凄まじい雷撃音を伴って、殺気漲る六爪が槍に振り下ろされた。腕が痺れる顔がほころぶ。
 「政宗殿! 来られたか!」
 「Sorry, I’m late! サァPartyをおっぱじめようぜ真田ァ!」
 思うに彼も同じであった。
 犬歯を剥きだしにして笑う政宗の収縮した瞳孔の、どこに平穏が潜んでいよう。修羅のみ夜叉のみ、それが己らの、戦に染まった瞳である。
 ただ一つ政宗が幸村と違うとすれば、それはこの衝動を抑えつける術を知っているというだけだ。しかしそれこそ、幼時よりの英才教育が齎した最高の成果。その一点が、政宗が太平の世を生きることを可能にする。彼は乱世で死ぬべき男ではあるけれど、それをしてはいけないことを自覚している。一方幸村にそんなものはない。
 家康と三成は、話し合いでもすれば良い。
 彼らは火の玉などではないから、太平の世で息を継ぐこともできるだろう。わざわざ生きられる未来を捨てることはない。
 だが幸村にそんな未来はありはしない。幸村はそれを、心底から良かったと思っている。そんなだからこそ、政宗との応酬を火花のように楽しめる。
 幸村は、至極上機嫌で戦の世を生きている。





 陽気なタナトス


 陽気な殺伐を書いてみたかった
 120120 J