視力を失くし、武将として生きられなくなった幸村と、彼女を幽閉した政宗のはなし。








 館に籠めた幸村が鳥籠を所望した。



 世情から遠ざけられ、暗闇に閉ざされた世界ではろくな慰みもなかろう。
 そう考えた政宗は、遠く西国から取り寄せた小夜鳴鳥を入れた鳥籠を贈ってやった。鳥籠の骨は細く、夜明けの空を走る日の出の一条に似ている。叩けば澄んだ高音を響かせる白い格子の中で、小夜鳴鳥はうぐいすのように美しく囀るのだった。
 けれども、政宗がその声を聞いたのは、幸村に手渡したその時だけだ。
 政宗が帰ったその朝に籠の鳥を空に放ったらしい。数日見なかっただけで、南向きの窓辺に置かれた鳥籠からは生き物の気配が消えていた。
 「皮肉のつもりはなかったが」
 口に出して、政宗はその言葉の持つ言い訳がましい響きに続く言葉を飲みこんだ。
 ばつの悪い沈黙を気にした風も無く、幸村は随分と色の抜けた頬を綻ばせる。柔らかな色合いを残す晩春の陽光に長く伸びた栗毛が揺れ、地味ながらも質の良い打掛の上を滑り落ちた。袖口から覗く指は柔らかさを取り戻し、槍を振りまわしていた往時の影は無い。戦場から退くだけでこうも変わるのか、と、政宗は幸村の上を通り抜けた残酷さに慄くのだった。
 「そのようなこと、考えてもおりませなんだ」
 幸村は開かぬ目を政宗に向け、快活に彼の心配を否定する。その笑顔には、かつてほどの覇気は宿らずとも、負の影は見当たらない。光を失い、寄る辺を失ってすら、彼女は陽のあたる場所に生きているのだと思う。
 幸村は裾を払い、間取りを覚えているのだろう、危なげなく畳を踏んで空の鳥籠を取り上げる。贅沢品の畳が敷き詰められているのは、万一転んだ時のためだったが、この分では必要なかったかも知れない。
 するすると衣擦れの音をさも当然のように従えて、幸村は政宗の隣に座る。随分と筋肉の落ちた指が政宗の手を探り、応じた逞しい手に鳥籠を渡す。ふわりと漂った甘い香りに、政宗は格子の向こう側を透かし見る。
 「……花?」
 白い骨で囲われた底に、とりどりの色が咲いている。落ちた羽根のように散らばるのではなく、それは明らかな意図をもって生けられた花であった。貧相なものから、不釣り合いに豪奢なものまで。それだけで、政宗にはその花々の古巣がわかってしまった。盲いた幸村にはわかるまいと知りつつも整えた前庭は、今頃どんな有様になっていることだろう。新しく庭師を寄越さねばと考える傍ら、整えて良かったと思う。見えずとも、彼女は匂いでそこに花があることを悟ったのだ。
 籠を置いて口を開く。
 「アンタに生け花の心得があるとは、知らなかったな」
 「そんなものござらぬ」
 投げかけられた揶揄に幸村は膨れた。少女のように無防備に拗ねた頬は、平穏の証のように愛らしい。誘われるままに唇を寄せた政宗だが、触れる寸前に吐息の接近に気付いた幸村があられもない悲鳴をあげ接吻は未遂に終わる。囲われる身となって尚、幸村は初心な部分を失おうとはしなかった。おいおい、いつまで生娘みたいなことをと言えば、時と場合をわきまえなされと返される。夜になってもオトすのに多大な苦労を払わせるくせに、彼女のTPOはどこまでハードルが高いのか。
 噛みつかんばかりの幸村を無理矢理引き寄せる。振りまわされる拳にかつての勢いは無く、政宗は軽々とその体を抱き寄せた。随分と軽くなったものだ。そういえば、耳元でわめく声も、以前より高くなっている気がする。まろみを帯びた肩、甘い匂いのする首筋。柔らかな熱。燃え盛るような熱は消えて久しい。時折、それがひどく物悲しい。戦場に立てなくなった幸村を館に閉じ込め、ようやく欲しかったものを手に入れたはずなのに、ふと気付けば喪失感が影のように付きまとう。
 ふと、幸村の喚き声が止まった。
 不審に思って覗きこもうとしたとき、一際甘い匂いを嗅いだ。
 「Oh,倒したのか」
 振り回していた幸村の手に倒されたのだろう、畳の上に鳥籠が転がり、突然の衝撃を受けて乱れた花がてんでに散っている。ひっくり返った皿から水がこぼれ、畳の上にしみを作っていた。
 悪ィな、と鳥籠を立たせたが、構いませぬという、幸村の本当に、本当にどうでもよさそうな声にその小さな顔を振り返った。
 幸村は恬淡と言う。
 「どうせ枯れるものでござる」
 そう言って、投げだされた花を拾うそぶりも無い。皿に新しく水を入れることすら考えぬようだった。
 会うたびに炎の名残を消していくひとは、政宗の独眼に浮かんだ感情を見ることも叶わない。
 「それこそが、鳥籠には似合いでござる」
 某はそれをしたくて、鳥籠を望んだのでござると、春の光を浴びた幸村は言った。





 鳥籠に花

 (籠の中には、いのちの残骸)






 政宗は幸村を好きだし手放そうとは思わないけど、戦えないことがとても虚しい。
 幸村は政宗を好きだし幽閉もどうと思わないけど、戦えないことがとても虚しい。
 同じ方向を見てるのに、薄暗い平穏しか掴めないふたり。
 090428 J